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2008年6月 9日 (月)

福島の旅その1 岡倉天心美術館と塩屋岬

赤羽駅前よりグループの9名が集合して、10名乗りの車で福島への2泊3日のドライブ旅行へのスタートです。
西新井インターより首都高速に入り、その後は私にとって初めての常盤道に入りました。
土曜日にも関わらず、高速道はすいており、かなりの高速走行が可能でした。
途中、千代田・関本のパーキングで休憩をしても、2時間足らずで東京から154キロ離れた、いわき勿来インターへ着いてしまいました。
この間は、雲とガスで車窓より筑波山は望むことはできなかったのが残念でした。水戸を過ぎて、常陸近くでは、新緑の山々が迫りトンネルも多くなってきています。
いわき市内に入ると気温に対して、地表の温度が高いのでしょうか。畑からは、カゲロウのように、また、焚き火をしているように、濃い霧が湧き上がっていました。
昼食は、カニ料理のカニ船で、カニセイロを注文しました。これはカニのせいろと寿司・カニの味噌汁・カニとエビの天ぷら・茶碗蒸し・刺身・豆腐など昼食にしてはデラックスなメニューでした。
食後は左手に海水浴場を見ながら、福島県から茨城県へと入りました。
そして茨城県立の岡倉天心記念五浦(ごづら)美術館に行ってみました。
館内には、日本美術院を設立した岡倉天心の母屋と書斎、生活用品、遺品などが現状保存されていました
岡倉天心は大正・昭和に活躍した美術運動家で、古美術品の保存、日本美術院、東京美術学校の創立に関わった人で、日本の美術文化を広く欧米に紹介した功績のある人です。
静かで落ち着いた室内には、天心の美人画をはじめ、日本画の掛け塾や屏風絵が展示されていました。
この美術館を出て、近くの五浦の旧岡倉天心邸と六角道に向かいました。
この五浦は、小さく入り組んだ海岸線の岬にあり、眼前には広々とした太平洋の海原と潮騒の音が、間近に聞える風光明媚なところです。

六角道は明示38年に天心が建設したもので、屋根は瓦葺で外装は赤く塗られていました。六角の一辺のみは床の間のため、壁となっていますが、その他の5辺は風景が見えるようガラス張りになっていました。

室内は一間で、6条ほどの広さでしょうか?畳も六角形に敷き詰められていました。
また、別棟にある天心の住まいは、回り廊下で2~3の部屋がありそうでした。
この周辺は湿気が多いのか道脇の岩にはコケが生えていました。
次は海岸より離れて小高い山へ登り、勿来の関に向かいました。ここは公園となっており、僅かに関所らしき建物と石碑・そして鳥居らしきものに注連縄が飾られており、古の風情はなく寂しい感じでした。
園内には、ピンクのきれになツツジが咲いていました。平安貴族の邸宅の寝殿造りの館内で、公家さんの木靴をはいてみましたが、履き心地は良くありませんでした。
次は小名浜ララミーの海産物販売場に立ち寄り、カツオ、生カキ・サザエ・ズワイガニなどが並んでおり、こおばしい焼きウニを食べてみました。
今日の最後は、美空ヒバリの「乱れ髪」で有名な塩屋崎に向かいました。

この岬には塩屋崎灯台をバックに、美空ヒバリの上半身の写真が、記念碑として石にはめ込まれていました。1.5メートルほど近づくと、この記念碑のスピーカーより「髪の乱れに手をやれば・・・」と、あの「乱れ髪」の曲がヒバリの歌とともに流れてきます。

また、この左側には、太平洋の海をバックに、この乱れ髪の歌詞と楽譜が刻まれた縦80センチ、横120センチほどの石碑が建っています。

曇り空で夕方のため、売店も閉じており私達以外に人影はなく、ヒバリの歌う「乱れ髪」の歌声と、私達の話し声のみの静かというより、寂しいという感じの塩屋の岬でした。
(※福島の旅 その2へ続きます。)


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